石平(シー・ピン、せき・へい 1962年 - )[1]は、中華人民共和国生まれの漢族系中国人であり、現在中国系日本人(1世)の評論家。拓殖大学客員教授。2007年末に日本に帰化。主に日中の政治・経済・外交問題について論じている。関東在住の男性。
略歴 [編集]
1962年中華人民共和国・四川省成都市で生まれる。
1966年教師だった両親が大学から追放されて農場へ「下放」されたため、四川省の農村部で漢方医の祖父によって扶養、祖父から「論語」を教わる。
1980年9月、北京大学哲学部入学
1983年頃 毛沢東暴政の再来を防ぐためと、中国民主化邉婴饲闊幛騼Aけ始める。
1984年7月、北京大学哲学部を卒業。
1988年4月、留学のために来日。日本語学校入学。
1989年、天安門事件。石平が祖国中華人民共和国に「精神的決別」を告げるきっかけとなる。
1995年、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関に勤務。
2002年、在日中国人として、評論活動に入る。
2007年末、日本に帰化。
2008年4月、拓殖大学客員教授に就任。夏には公式サイト(#外部リンク)開設。
2009年3月、産経新聞で「石平のChina Watch」隔週連載コラムの執筆を開始。
人物像 [編集]
2002年初頭という早い段階で中華人民共和国国内に広がる反日感情をレポートした書物を出したことから論壇デビュー。以来、『正論』、『Voice』、『WiLL』などの保守論壇誌に論考を寄稿し、「独特の視点」から日中関係・中国問題などを論じてきている。日本首相の靖国神社参拝問題に対し、石は一貫して「靖国参拝」を政治問題化して日本に難儀をつける中華人民共和国政府の「横暴」な姿勢こそが日中関係の悪化を招いた原因だ」と主張、靖国神社を肯定する立場に立つ。小泉政権時代、小泉純一郎元首相の連年の靖国参拝が「原因」で日中関係がジクザクして、日本国内では「靖国参拝反対大合唱」が巻き起こった中で、石平は逆に「靖国参拝によって日中関係が悪くなるのではなく、むしろ是正されるのである。1980年代の中曽根元首相の靖国参拝取りやめ以来歪んできた日中関係がそれで健全化に戻るからだ」と指摘する。小泉元首相との「靖国戦争」に耐えられない中国指導部がやがて妥協してくるだろうとも予測した。日本在住であるにもかかわらず中国共産党の肩を持つ朱建栄、張景子などとは正反対に、石は陳恵遊2]と同じ様な親日嫌中的な中国系日本人である。
中国国内の政治・経済・社会問題などについても、元中国人ならではの独自の視点から活発な評論活動を行っている。特に中国の経済問題については、日本中の専門家たちが口を揃えて中国の経済成長の「輝かしい業績」を称え、そのバラ色の「素晴らしい未来」を予測している中で、石は一貫してバブルに依存してきた中国経済の歪みと脆弱さを指摘し、いずれやってくるバブルの崩壊に伴って、無理に無理を重ねてきた中国の高度成長はやがて終焉を迎えると予測する。そして、中国経済が一旦破綻した場合、失業の拡大や民肖尾粶氦螄姵訾胜嗓摔瑜盲啤⒅泄??冥洗蠡炻窑岁垽肟赡苄预??证摔ⅳ毪趣饩?妞筏皮い搿¥蓼俊⒐?冥?蠡炻窑岁垽盲繒r、中国共産党政権は国内の危機回避のために対外的冒険行動に打って出る危険性についても警告を発している。
いわゆる南京大虐殺については、『事実の検証は専門家に任せるが、自分の考えでは最低でも「犠牲者30万人」という数字は真っ赤な大ウソではないかと思う。おだやかな社会風土と伝統文化の中を生きてきた日本人は、完全に「虐殺の歴史」であった中国とは違って「虐殺」とは極めて縁遠い民族である。日本の歴史上、「天魔」織田信長などの、わずかな例外を除けば虐殺を好む権力者や血に飢えた為政者は見当たらないし、戦国時代に戦闘行為が行なわれたとしても、戦死者の数は知れたもので、権力闘争に負けた者の処分はせいぜい島流し程度であろう。時には址搐问字者が首をはねられる事はあっても、一族を皆殺しにするような「族誅」は皆無である。そんな民族がそのような大虐殺を行う発想などあるのか。中国が行っている南京大虐殺喧伝は日本民族を永遠に「殺人者」として断罪してゆくための悪意のプロパガンダであり、日本国家の名誉に対する恣意的な毀損ではないのか』というスタンスを取っている。
『売国奴』において嫌いな日本人として『中国共産党に媚びへつらう日本人』と答えている。特にイデオロギー第一だった毛沢東時代に両親の世代が苦しんでいた中、毛沢東や中国共産党を評価していた朝日新聞に対しては強烈な嫌悪感を抱いている。 上記の様なスタンスであるから、2007年9月に親中国派と言われている福田康夫が首相になると、辛辣な評論ばかりとなった。2007年12月、国会をさぼって中国を訪問して胡鍧?飨?摔郡い筏票扒?蕬B度をとった民主党小沢一郎党首の言動について、石は『週刊新潮』の関連記事で『小沢は日本は中国の属国ですよと世界に知らせたのと同じだ』と厳しく批判したことが話題を呼んでいる。また、2008年に入って発生した中国製毒餃子事件にかんして、中国公安当局の出鱈目発表を『非常に前向き』だと評価した福田首相の言動に対し、石はチャンネル桜の西村幸祐の番組で激怒して、『日本国の総理大臣はいつから中国政府の代弁者となったのか』と叱り飛ばした。ちなみに、以前関西に在住していたためか、時折発言の中に関西弁が入る事がある。
チャンネル桜の路の会スペシャル「日本と中国 その過去・現在・未来」で日中戦争は共産党軍が生き延びるために国民党軍と日本軍を戦わせたと発言し、中国共産党という化け物が20世紀の最大の災難と述べている。「中国大虐殺史」 では毛沢東暴政を述べている。
石はこのような形での「中国の脅威」に対し日本がどう対応すべきかに関しては、一貫して「中国共産党の暴走を封じ込めて東アジアの安定と平和を守っていくために、そして日本国民の生命と財産を守っていくために、日本は「平和憲法」を改正してちゃんとした国家体制と国防体制を作って、もっと強くなるべきだ」と主張する。こういう視点から、日本における憲法改正に賛成であり、日本の核武装についても支持する立場を取っている。また、日米安保強化についても基本的には賛成の意向を示している。
日本の外交問題や中国問題に関する評論活動の傍ら、自らの「文明論」も展開している。2007年に出版された自伝風の著書である『私は毛主席の小戦士だった』の後半部分では独自の日中文明比較論を行い、皇室と神道を「コア」とする日本の民族・文化などを賞賛し、自らは日本を愛する『愛日主義者』であると堂々と宣言する。こうした石の日本観に対し、岡崎久彦が産経新聞の「正論欄」で『その日本理解の深さは明治以来の外国人哲学者の中でもトップクラス』だと絶賛。明治大学名誉教授の入江隆則と帝塚山大学名誉教授の伊原吉之助も同じ「産経新聞・正論欄」にて石の「日本文明論」を評価している。2007年の秋には、渡部昇一、岡崎久彦、葛西敬之、山谷えり子、北尾吉孝などとの対談集である『論語道場』を刊行して、「中国で生まれた孔子の論語の精神は、むしろ日本で一番よく理解されて生かされている」との見方を披露している。
2008年の9月26日から10月2日までに台湾を訪問しており、台湾の民主主義を絶賛しており、李登輝元総統に会っている。李は石に対し、『あなたの本を読んで、感心していますよ。』と言ったという。
2009年3月から産経新聞にて隔週でコラムを連載している。
2007年末に日本に帰化したが、帰化申請の期間中、日本国にたいする忠招膜鋹酃?膜韦郅嗓蛉毡镜本证?橐磺星螭幛椁欷胜?盲郡长趣瞬粶氦蚋肖浮?⒒?筏酷幛俗预椁我馑激且羷萆駥mと靖国神社を参拝して「日本人となるための通過儀礼」を行った。
『日本よ!米中を捨てる覚悟はあるか』など、日韓関係(大韓民国)にも言及する事があり、先の韓国併合等もおおむね肯定的に捉えている。
主な著書 [編集]
なぜ中国人は日本人を憎むのか―憎恨日本(2002年1月 PHP研究所 ISBN 4569620043)
中国「愛国攘夷」の病理―吹き荒れる電脳ナショナリズム(2002年5月 小学館 ISBN 4094027467)
「日中友好」は日本を滅ぼす!――歴史が教える「脱・中国」の法則(2005年7月 講談社 ISBN 4062723271)
中国人だから見える日中の宿命(2006年5月 扶桑社 ISBN 4594051596)
私は「毛主席の小戦士」だった―ある中国人哲学者の告白(2006年10月 飛鳥新社 ISBN 4870317613)
中国大虐殺史―なぜ中国人は人殺しが好きなのか(2007年11月 ビジネス社 ISBN 4828414010)
論語道場(2007年11月 致知出版社 ISBN 4884747976)
知っているようで知らないこれが本当の中国33のツボ(2008年3月 海竜社 ISBN 4759310142)
中国のメディアが語る中国経済崩壊の現場(2009年1月 海竜社 ISBN 4759310517)
中国大逆流 ――絶望の「天安門20年」と戦慄の未来像(2009年6月 ベストセラーズ ISBN 4584131627)
私はなぜ「中国」を捨てたのか(『私は「毛主席の小戦士」だった』の改題改訂版。2009年8月 ワック・マガジンズ ISBN 4898316107)
致约窑郡沥沃泄?