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台湾?鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘(テリー?ゴウ)董事長が、3月2日夜、関西国際空港に降り立った。今年少なくとも4度目の来日だ。
シャープは2月25日の臨時取締役会で鴻海の買収提案を受け入れると決めたが、決議直前に“偶発債務”の問題が勃発。今回の来日はシャープとの協議で債務の影響を正確に見積もるのが目的で、このヤマを越えれば数日中にも資本業務提携契約に調印する見通しである。
偶発債務は2月24日朝、鴻海がシャープから受け取ったリストで問題化した。A4判10枚程度に、小さな文字で数十件の債務の詳細が書かれている。具体的には、液晶パネルや太陽光パネルの生産から撤退した場合に地元自治体に返納しなければならない補助金や、取引先債務に対する保証金などで、債務総額は3500億円にも上るとされる。
シャープは鴻海の要求に応じてリストを提出したが、内容自体は2015年12月のデューデリジェンス(資産査定)で報告済み、という見解だ。しかし鴻海は「2月24日までまったく示されていなかった」と態度を急に硬化。内容の精査に時間を要するとし、25日午後に予定していた調印を撤回したのであった。
偶発債務とは、将来何らかの事態が起きれば、発生が予想される負債である。内容と金額は財務諸表に明記するのが原則とはいえ、実際には発生可能性や金額の大きさを基準に、財務への影響が高い案件のみが記載される。今回のリストの金額が、シャープの直近財務諸表の偶発債務803億円を大きく上回っても、必ずしも不適切ではない。
またシャープは2月25日以降、みずほ銀行と三菱東京UFJ銀行などに経緯を説明したが、「リストの内容は基本的に銀行としても知っている。発生可能性が低いものも多く、巨額の隠れ債務発覚ではない」(銀行関係者)。それよりもシャープと鴻海の間にあるのは、どうにも埋めがたい相互不信という問題なのだ。
シャープは2012年の鴻海との資本提携合意後、業績悪化に伴って鴻海が出資基準となる株価の引き下げを求め、結局出資しなかったことから、今も警戒感を抱く。ただ、鴻海も同じく、シャープには強烈な不信感を持っている。
2012年の件について鴻海側の理解としては、ゴウ氏とシャープの町田勝彦相談役、片山幹雄会長(肩書はいずれも当時)で協議し、合意時の1株550円でなく(それより低い)時価で出資することに承諾した、というもの。にもかかわらず、シャープはこの出資を実行させることなく、2013年3月には共通の敵と位置づけていた韓国?サムスン電子から、1株290円で出資を受け入れている。
当時、鴻海はシャープへの提訴も検討しながら、同月にゴウ氏と奥田隆司社長(当時)が会談し、「訴訟を回避し協業を誠実に進める」と合意したことでいったん決着。が、2013年6月に奥田氏が退任、高橋興三氏が社長に就任し、奥田氏の約束した協業はまったく継続されなかった。
さらに2012年7月、ゴウ氏は個人でシャープの液晶パネル生産会社(堺ディスプレイプロダクト)に660億円出資したものの、出資後に明らかになったのは不良在庫の山だった。今回、未知の債務を発見したら、たとえ少額かつ発生可能性が低くても、警戒感をあらわにするのは当然だ。
鴻海は3月初頭にシャープへ人員を派遣し、債務内容を精査している。鴻海はリストを理由に提携を断念する気は皆無だが、精査の結果次第では、出資基準の株価の引き下げを求めるかもしれない。リストに数件でも報告漏れがあれば、企業価値の評価を下方に見直す根拠になるからだ。
鴻海と買収で競った産業革新機構がシャープにつけた、1株50円の価格まで落としてきたら、「間違いなく破談になる」(銀行関係者)だろうが、そこに至らない程度の減額要請は十分ありうる。
銀行団は、シャープが3月末に期限を迎える負債5100億円の返済について、万が一調印が大幅にずれ込んでも、短期のタームローンなどで支援する方針。ただ前提はあくまでも「鴻海の買収意欲が揺らいでいない」ことだ。
買収が決まれば、鴻海はシャープ取締役の3分の2超を選任し、カネと人の両面で圧倒的な支配力を持つ。革新機構が買収合戦から降りた以上、鴻海と対等に交渉できる余地は、もはやシャープに残されていない。